venv

やっと venv がわかってきた。

python3 -m venv venv
venv/bin/pip install fastapi uvicorn ollama

python3 で venv してから venv/bin のコマンド(pipとかpython3なども)を使うということやね。わかりにくすぎる。

bin/uvicorn main:app –reload

この uvicorn というのが python3 から起動する httpサーバーらしい。main.py から fastapi を呼ぶ。

uvicorn は localhost (127.0.0.1) からアクセスできるが外に公開するには apache2 の ProxyPass を使った方がよさげである。

a2enmod proxy
a2enmod proxy_http
systemctl restart apache2
journalctl -xeu apache2

LoadModule proxy_module modules/mod_proxy.so
LoadModule proxy_http_module modules/mod_proxy_http.so
ProxyRequests Off
ProxyPass “/api/” “http://127.0.0.1:8000/”
ProxyPassReverse “/api/” “http://127.0.0.1:8000/”

やっとここまではきた。次に api サーバーから ollama を呼ぶところだな。

usermod -aG docker kelvint
newgrp docker

docker ps
docker pull ghcr.io/open-webui/open-webui:ollama

nmcli con up “プロファイル 1”
nmcli con show

nmcli con modify “プロファイル 1” connection.id “eth0”

apt install mozc-utils-gui

nmcli con mod “eth0” ipv4.method manual ipv4.addresses “192.168.197.214/24” ipv4.gateway “192.168.197.254” ipv4.dns “192.168.18.11,192.168.222.1”

nmcli connection up eth0
nmcli device
nmcli connection modify eth0 connection.autoconnect yes

docker ps
docker pull ghcr.io/open-webui/open-webui:ollama
docker run -d -p 8080:8080 –gpus=all -v open-webui:/app/backend/data -v open-webui-ollama:/root/.ollama –name open-webui ghcr.io/open-webui/open-webui:ollama

docker start open-webui

日本の漢詩おすすめ

ollama + open webui + DeepSeek-R1

日本人が作った漢詩でおすすめのものがあれば教えてください。

日本人の漢詩の中でも特に有名な作品として、松尾芭蕉(1644-1694)の作品が挙げられます。芭蕉は俳諧の巨匠であり、漢詩にも多くの作品を残しています。特に「月夜」と題された作品が有名で、簡潔ながらも深い意境を持っています。

また、高田乡南(1669-1738)の『秋の夜』もおすすめです。彼女の作品は、日本の女性作家として非常に独自のスタイルを持ち、特に秋の夜を描いた漢詩で、日本の風景や季節感を独自の視点で表現しています。

日本語の漢詩は、中国古典詩の影響を受けていますが、日本の文化的背景や自然観を反映した独自のスタイルを持っています。日本での漢詩の発展は、和歌山漢詩会などのグループによって促進されており、多くの著名な詩人が参加していました。

日本語の漢詩は、中国の古典詩の形式を保ちつつも、日本の文化や自然を独自の視点から表現した作品が多く、その独自性が魅力です。

芭蕉の「月夜」について紹介してください。

松尾芭蕉の漢詩「月夜」は、彼の作品の中で特に代表的なものの一つです。

月夜

月明るき夜
人は一人や
二ふさ
(月明るき夜、人は一人や二ふさ)

解説

この詩は、文字数や韻の取り方に古典的な中国詩の形式に従っていますが、芭蕉の独自の詩歌観と世界観が感じられます。

解釈

  1. 月明るき夜 – 「月は明るい夜」という意を表し、「月明るき」は形容詞、「夜」は名詞として用いられています。芭蕉の漢詩では、形式的には中国語の文法に従いますが、内容は日本の風景や四季の移ろいを捉えています。
  2. 人は一人や – 「人は一人か」と尋ねる形で、読者に想像を促します。「や」は係助詞で、疑問形に用いられることもあります。
  3. 二ふさ – 「二(に)ふさ」となり、文字数で句読を決める古典詩の形式に従っています。「ふさ」とは「二」という漢数字を表すもので、句読(音節)を示しています。

詩の深み

芭蕉の漢詩は、表面的な意味だけでなく、言外の意図が感じられます。「月明るき夜」に対して「人は一人や」と問いかけ、読者に情景を想像させることで、詩の世界を広げようとしています。これは芭蕉の創作スタイルの特徴でもあり、彼の俳諧(とくしては狂句)における「季題」という概念とも相通じるものです。

芭蕉の漢詩は、形式的には中国古典詩に近いものの、芭蕉特有の眼差しと感受性を帯びていて、日本の自然観と時間感覚を表現しています。彼の作品は簡潔でありながらも、読者に深い想像を引き起こすことで、詩の持つ可能性を探求していると言えるでしょう。

芭蕉の漢詩を深く理解するには、彼の全作品を読み、彼が漢詩に対して持っていた情熱と才能をじっくり味わうことが大切です。

高田乡南とはどんな人ですか。江戸時代の人ですね?

はい、高田乡南(たかしおうな)は、江戸時代の女性詩人です。

  • 生没: 1669年(寛文10年) – 1738年(元禄31年)没。
  • 出身: 江戸(現在の東京)の高田区周辺で育ちました(故郷が高田から来ているため、通称が高田乡南、高田南氏)。お相手はお中将(中納言)・高田亲治の娘で、女性の学問や芸事に力を注ぐ家庭に生まれました。
  • 活躍分野: 汉诗(かんし)、和歌、尺八など。
  • 特徴: 明治時代の女流文学研究者・上野寛(1930年代没)によって再発見され、その才能と作品が注目されるようになりました。男性中心の文芸界隈(ぶんげい)で、男性詩人たち(例えば松尾芭蕉、上村松庵、山田东鱼、中村草上など)と共に活発に诗の交流をしていた点が特筆すべきです。
  • 代表作: 汉诗の「秋の夜」(秋の夜)や「竹」(かさか)などがあります。彼女の作品は、芭蕉とは少しスタイルが異なるものの、非常に洗练(せんれい)されており、女性の感受性や独自の世界観が感じられます。
  • 文学グループ: 汉诗グループ(和歌山汉诗会など)の活动に加わり、诗の鉴赏や创作を精力的に行いました。彼女の诗は、芭蕉の「季题」的な捉え方とは少し异なり、より普遍的な美や自然の移ろい、あるいは女性的な感情を诗に織り交ぜたものとも言えます。

高田乡南は、江戸時代の女性の中で稀有(きゆう)な文学的才能を示した人物であり、汉诗や和歌の世界に新たな息吹(いきぶね)を吹き込んだ存在として、文学史上重要な地位を占めています。

日本人が漢詩を作れるようになるにはどんな勉強をすれば良いですか。

日本人が漢詩(かんし)を書けるようになるための勉強方法は、中国語の能力と日本語で学ぶ古典文学の知識を組み合わせることが重要です。以下に、段階を追っての学習方法を提案します。


1. 中国語の基礎力の習得

漢詩は、中国語の古典的な文法や言語体系に基づいています。まずは中国語の基本的な力を身につける必要があります。

① 中国語の文字と常用漢字の理解

  • 漢詩は、主に常用漢字(常用漢字表で定められた約2000字)で書かれます。日本語で使われる漢字の多くは、中国語の常用漢字に対応していますが、読み方や意味が異なる場合があります。
  • おすすめ教材:
  • 中国語学習用の教科書(例: 『新実用中級汉语教程』)
  • 中国語の常用漢字表を参照し、漢字の正しい読み方と意味を学ぶ。

② 中国語の文法と句読(きょく)

  • 漢詩は、音節(ふさ)で区切られ、一行の文字数が固定されています(絶句は5・7・5・7・7、律詩は5・8・5・8・5・8・5・8など)。
  • 中国語の文法は日本語とは異なり、主語・述語・目的語の配置が異なるため、文構造を理解する必要があります。

2. 漢詩の基本ルールを学ぶ

① 韻と韻脚

  • 漢詩の最も重要なルールの一つは韻の調和です。一行の末尾の音が同じ(または同音異訓など)になるようにします。
  • おすすめ教材:
  • 徐炎松『漢詩入門』(日本語版あり)
  • 中国語の韻脚表(例:《平水韵》)を理解する。

② 句読(きょく)と断句

  • 漢詩は、文字数で句読が決まるため、音節の配置に注意します。
  • 例:
  • 絶句(5・7・5・7・7)
  • 律詩(5・8・5・8・5・8・5・8)

③ 主題と意象

  • 漢詩は自然や人生の哲学を題材にし、四季や花鳥風月などの意象が多用されます。
  • おすすめ教材:
  • 中国古典文学の解説書(例: 『中国文学の読み方』)
  • 中国古典文学の代表作(李白・杜甫の詩集など)を読む。

3. 現地で学ぶ・実践する

① 中国語圏で学ぶ

  • 中国語の環境で生活し、中国古典文学を実際に読むことで、語感を養うことができます。

② 漢詩の創作グループに参加する

  • 中国語が話せる詩人や漢詩愛好家と交流し、創作のノウハウを学びます。
  • オンラインで詩会(例: 詩の会・吟社など)に参加するのも有効です。

4. 推奨の教材・リソース

日本語で学ぶ場合

  • 入門書:
  • 『漢詩の書き方』(上野寛・小林満夫)
  • 『中国古典詩の読解法』(吉川弘忠)
  • 参考書:
  • 『中国語古典文学読本』(人民文学出版社)
  • 『漢詩創作のための中国語文法入門』

中国語で学ぶ場合

  • 中国語の漢詩入門書(例: 徐炎松『漢詩創作教程』)
  • 中国古典詩の原文と翻訳が記載された辞典(例: 『全唐詩』)

5. 実践的なアプローチ

  • 短歌や俳句から始める: 日本の短歌・俳句は漢詩の原型に近く、音節や韻を意識する習慣があります。
  • 現代の中国語と漢詩の違いを理解する: 現代の中国語と古典漢詩は、文法や語彙が異なるため、中国語の歴史的な変化を学ぶことも重要です。

まとめ

  1. 中国語の常用漢字と文法を学ぶ。
  2. 韵と句読のルールを理解する。
  3. 主题と意象を研究し、古典文学を読む。
  4. 中国語圏で学んだり、诗会に参加して実践する。

漢诗は、中国語の文法や音韻のルールが複雑ですが、段階を追って学ぶことで、徐々に創作の感覚を身につけることができます。

山形有朋が伊藤博文に詠んだ歌

ollama + open-webui + gemma3:27b

伊藤博文が暗殺されたときに山県有朋が詠んだ歌について教えてください。

伊藤博文公が1909年(明治42年)にハルビンで暗殺された際、山県有朋は以下の歌を詠んでいます。

「ああ友よ 帝に仰ぎて 死を観る 白き髪の 我に託せ」

この歌は、伊藤博文の死を悼み、彼が国家のために尽くした人生と、その遺志を受け継がなければならないという強い決意を表しています。

  • 「友よ」:伊藤博文との長年の親交と、深い友情を表現しています。
  • 「帝に仰ぎて」:伊藤博文が天皇陛下への忠誠を誓い、国家のために尽くしたことを示しています。
  • 「死を観る」:伊藤博文の突然の死に対する衝撃と悲しみを表しています。
  • 「白き髪の 我に託せ」:自身の老いた姿を自覚しつつ、伊藤博文の遺志を受け継ぎ、残された者が責任を負うことを決意しています。

この歌は、伊藤博文の死を悼む山県有朋の深い悲しみと、国家への責任感、そして伊藤博文の遺志を継承する決意が込められたものとして知られています。

参考文献として、以下のウェブサイトもご参照ください。

ご参考になりましたでしょうか。

ちなみに有朋が実際に詠んだ歌は次のものである。

かたりあひて 尽しし人は 先立ちぬ 今より後の 世をいかにせむ

木留山

ollama + open-webui + gemma3:27b

山県有朋が遺した和歌や漢詩についてどう思いますか。

山県有朋は、明治時代を代表する政治家、軍人として知られていますが、実は和歌や漢詩にも造詣が深く、多くの作品を残しています。彼の和歌や漢詩については、以下のような点が評価できます。

和歌について

  • 格式を重んじる古典的な趣: 山県の和歌は、新古今調を基調とし、典雅で格調高いものが多く見られます。明治維新という激動の時代にあっても、古典的な歌風を守り続けた姿勢は、保守的な気質を反映しているとも言えます。
  • 自然や歴史を題材とした深み: 彼の和歌には、自然の美しさや歴史上の出来事を題材としたものが多く、深い情感や思索が込められています。特に、故郷の風景や自身の経験を詠んだ歌は、彼の人間性を垣間見ることができます。
  • 漢詩の影響: 漢詩に親しんでいた山県は、和歌にも漢詩的な要素を取り入れています。これは、彼の教養の深さを示すとともに、和歌に新たな表現の可能性をもたらしたと言えるでしょう。

漢詩について

  • 優れた漢詩の素養: 山県は、漢詩の才能にも恵まれ、多くの漢詩を残しています。その漢詩は、古典に則りつつも、洗練された技巧と独特の趣を兼ね備えています。
  • 政治思想や人生観の反映: 漢詩には、彼の政治思想や人生観が色濃く反映されています。例えば、国を憂う気持ちや、武士としての信念を詠んだ漢詩は、彼の内面を深く理解する上で貴重な資料となります。
  • 国際的な視野: 山県は、遣欧使節団の一員として欧米を視察しましたが、その経験から得た国際的な視野も漢詩に表れています。西洋の文化や思想を取り入れ、新たな価値観を創造しようとする姿勢は、彼の進歩的な一面を示しています。

総評

山県の和歌や漢詩は、単なる趣味の域を超え、彼の教養、思想、人間性を表現する重要な手段であったと言えます。彼の作品は、明治時代の知識人の精神世界を知る上で貴重な資料であり、文学史においても一定の評価を受けるべきでしょう。

ただし、彼の作品は、現代の読者にとっては、やや難解に感じられるかもしれません。そのため、古典文学や漢詩に関する知識があると、より深く理解することができます。

もし具体的な歌や漢詩について知りたい場合は、作品名を教えていただければ、詳細な解説を試みます。

木留山の歌などはどうでしょうか。

山県有朋の「木留山(きどめやま)の歌」ですね。これは彼の和歌の中でも特に有名で、多くの人に親しまれている作品です。

木留山(きどめやま)の歌

木留山 ふるさとの山よ 仰ぎ見る 雲間に光る 故郷(ふるさと)の空

この歌は、山県の故郷である木留山(現在の群馬県高崎市)を仰ぎ見て、故郷を懐かしむ気持ちを詠んだものです。以下に、この歌のポイントを解説します。

  • 簡潔で力強い表現: 歌はわずか1句で構成されていますが、その言葉選びは簡潔でありながら力強く、故郷への深い愛情が伝わってきます。
  • 「仰ぎ見る」という視線: 木留山を「仰ぎ見る」という視線は、故郷への憧憬と敬意を表しています。遠くから故郷を見上げることで、より一層故郷を大切に思う気持ちが強調されています。
  • 「雲間に光る」という美しさ: 木留山が雲間に光る様子は、幻想的で美しい情景を描き出しています。これは、故郷の風景が山県にとって特別な存在であることを示唆しています。
  • 故郷へのノスタルジー: 「故郷の空」という言葉は、故郷に対するノスタルジー(郷愁)を強く感じさせます。山県が故郷を離れて長い年月を過ごしたことを考えると、この歌には、故郷への強い思いが込められていると言えるでしょう。

この歌の評価

この歌は、山県の和歌の中でも代表作の一つとして知られています。その理由は、以下の点が挙げられます。

  • 普遍的なテーマ: 故郷を懐かしむ気持ちは、誰にでも共感できる普遍的なテーマです。そのため、この歌は時代を超えて多くの人々に愛され続けています。
  • 美しい自然描写: 木留山の美しい風景が、歌の中に生き生きと描かれています。自然の美しさを通して、故郷への愛情がより深く表現されています。
  • 山県の人間性: この歌は、山県の人間性を象徴する作品と言えるでしょう。故郷を大切に思う気持ちや、自然を愛する心は、彼の生い立ちや性格を反映しています。

まとめ

「木留山(きどめやま)の歌」は、山県有朋の故郷への愛情と美しい自然描写が込められた名歌です。この歌を通して、彼の人間性や時代背景を理解することができます。

やれやれ。

ときどき ollama がうんともすんとも反応しなくなることがある。その場合は

docker start open-webui

ってやれば治ることが判明した。

この ollama + open-webui というやつは極めて不安定でときどき再起動してやらなくてはならない。

gemma3 も単にドイツ語を日本語に訳すなどという仕事ならばある程度までそつなくこなせるのだが、山県有朋の和歌などを解説させるとまったくダメだ。同じことは gpt-oss:120b にも言える。正直言ってまったくつかいものにならない。

Dell Pro Max with GB10

大学生協で Nvidia DGX Spark が台数限定で売られていて年度末で予算が余っていたので買おうとしたら売り来てて店長さんに代わりに OEM 互換の Dell Pro Max with GB10 を紹介され、それを購入した。699,900円。

セットアップしようとしたら本体に USB-C 端子しかなく詰んだが、いろいろ探してみるとUSB-C -A アダプタなどがバラバラ出てきたのでキーボード、マウス、USBメモリなどをつなげられるようになり、先に進んだ。

なにかのはずみで GUIログインができなくなったので、OS再インストールしようかと思ってここからしばらくハマった。

めんどくさいので途中経過は省略するが「NVIDIA DGX Spark 公式」の方法によるシステムリカバリーというところに書かれている通りにやったらなんとか再インストールできた。なぜかはわからんが、windows で powershell のスクリプトでリカバリーイメージをUSBメモリに流し込まなくては boot option で usb なんちゃら partition 1 という選択肢が出てこない。この選択肢が出さえすれば OKらしく、welcome メッセージが出て、あとはすんなり進んだ。それ以外の dgx os installation などというそれっぽい選択肢を選んでもすべて CUI インストーラーしか立ち上がらず、途中でエラーが出て失敗する。

CreateUSBKey.cmd というスクリプトもそのままではなぜか動かず、中に書いてあるコマンドを直打ちして実行したら動いた。すべてがグダグダだった。

最初は rufus で isoモードで書き込んだのがいかんのだろうと思ったが dd モードで書き込んでもだめ。Dellのサイトにかかれているとおりに ubuntu で dd でイメージを流し込んだりいろいろ試したがすべてだめだった。

wifi ルーターかなにかで windows のノートPC と LAN 共有し、Nvidia Sync でつないで使うというやり方しか今ところ想定されていないような気がする。

MSI や Dell などが OEM で提供しているようだが、とにかく情報が少なすぎて、ユーザーも少なすぎて、今慌てて手を出すのはかなり地雷な気がするが、まあ私はなんとかなったのでもういいやって思ってる。

それでこれからなんだけど、まったく右も左もわからないので、LM Studio 入れようかと思ったら arm64 では動かないらしく、Docker 環境で ollama + Open Web UI で使うのがどうも標準らしいんだが、Docker のありがたみもよくわからんので、とりあえず ollama 入れて、gpt-oss:120b をコマンドラインでガリガリ使ってみようと思っている。いろんな流儀がありすぎてもうわけわからん。いろいろ教えこんで授業の AI アシスタント代わりに使えると良いのだが、たぶんそこまで行くのはずっと先だと思う。

めちゃめちゃ小さくて軽いので、家に持ち帰っていじろうかという気でいたのだが、今のところその気は失せた。すぐにどうこうなるというものではないし、家では家ですることがあるから大学に置きっぱなしにして、とりあえず学生とかに使わせるのでなく、自分だけでいろいろいじってみる。

有線LANでつないで固定IPアドレスで使えるともう少しやりようがあるんだけど、なぜかうまくいかない(イーサーのケーブル挿しても反応しない。多分OS初期設定の時に有線LANをつなぎっぱなしにしなきゃいけないんだが、学内ネットワークのproxy設定しないと外につながらなくてそこで詰む。ubuntu のインストールと同じ。仕方なく wifiルーターで無線LANにつないで初期設定すると有線は使えなくなる。有線か無線が排他的にしか使えない設定ではなかろうか。普通のubuntuだとあとから有線固定IP接続すれば使えるんだがなー)。無線LANで学内ネットワークにつないで ProxyPass で ubuntu の apache から見えるようにすることもできるんだけど、まずはスタンドアローンで使ってみるかなーって感じ。

ともかく現状、ネットで調べようとしても情報がまったく出てこないので、のんびりやるしかない。

token limit

gemini3に質問。

あなたには token limit というものがありますか。

はい、私にも**トークン制限(Token Limit)**は存在します。

AIが一度に扱える情報の量には限りがあり、それを「トークン」という単位で管理しています。大きく分けて**「入力(読み取り)」「出力(書き出し)」**の2つの制限があります。


1. コンテキストウィンドウ(入力制限)

コンテキストウィンドウとは、私が一度に理解・記憶できる情報の範囲のことです。

  • 最大容量: 私のベースとなっている Gemini 3 Flash モデルは、最大で 100万トークン という非常に大きなコンテキストウィンドウを持っています。これは、本に換算すると約1,500ページ分、コードなら約3万行に相当します。
  • 無料版での運用: ただし、現在あなたが利用されている無料版のウェブインターフェースでは、システム上の最適化のため、この最大値よりも短い範囲で制限がかかる場合があります。

2. 出力制限(1回の回答の長さ)

一度のプロンプト(指示)に対して、私が一度に生成できるテキストの長さにも制限があります。

  • 通常、一度の回答で出力できるのは 数千トークンから数万トークン(最大約6.5万トークン) 程度です。
  • もし回答が非常に長くなる場合、途中で文章が途切れてしまうことがあります。その際は「続けて」と入力していただければ、続きを書き直すことが可能です。

3. トークンとは何か?

トークンは文字数とイコールではありませんが、目安として以下のように考えられます。

言語目安
日本語1文字 ≒ 1〜2トークン(漢字やひらがなによって変動)
英語1単語 ≒ 0.75トークン(1,000トークンで約750単語)

4. 制限に達するとどうなるか

長い対話を続けてトークン制限を超えると、以下のような挙動が見られます。

  • 情報の忘却: 会話が極端に長くなると、最初の方に話した内容を「忘れて」しまうことがあります。
  • エラーや中断: 非常に長い文章を一気に出力しようとすると、処理が中断されることがあります。

Tips: もし膨大な資料(長いPDFや大量のコードなど)を読み込ませたい場合は、小分けにして入力するか、重要な部分を要約して伝えていただくのが効率的です。

ご質問の意図として、何か特定の長いテキストを処理させる予定がありますか?よろしければ、**「長い文章を効率よく読み込ませる方法」**などについてもお伝えできます。

たとえばドイツ語の小説を日本語に翻訳してもらおうとする場合、どのくらいの長さまで一度に翻訳できますか。

ドイツ語の小説を日本語に翻訳する場合、技術的な限界と、翻訳の質を保つための「推奨される長さ」の2つの視点があります。

結論から申し上げますと、一度の指示で精度を落とさずに翻訳できるのは、日本語の出力ベースで 約3,000〜5,000文字程度(ドイツ語の原文でいうと 1.5〜2ページ分ほど)が目安です。


翻訳量の目安

技術的にはもっと長く(数万文字単位で)出力することも可能ですが、一度に長すぎる量を頼むと、文章が省略されたり、翻訳のトーンが不安定になったりするリスクが高まります。

区分原文(ドイツ語)の目安日本語訳の目安評価
推奨(最適)約1,000〜1,500単語約3,000〜5,000文字最も正確で、文体も安定します。
可能(実用圏内)約3,000単語約10,000文字文脈は維持されますが、細部が甘くなることがあります。
限界(非推奨)それ以上数万文字途中で止まったり、内容を要約し始めたりする可能性が高いです。

なぜ「小分け」が良いのか?

小説の翻訳において、一度に詰め込みすぎない方が良い理由は主に3つあります。

  1. 文体の維持: 長すぎると、物語の最初と最後で語尾(「だ・である」と「です・ます」など)や、キャラクターの一人称がブレやすくなります。
  2. 細部の正確性: 小説には比喩や独特の表現が多いですが、一度に大量に処理させると、それらを単なる「直訳」や「省略」で済ませてしまう傾向があります。
  3. トークン消費: ドイツ語は1単語あたりの情報密度が高く、それを日本語(漢字・かな)に変換するとトークン消費量が増えるため、見た目以上にリソースを消費します。

小説をきれいに翻訳させるコツ

もし1冊の小説を翻訳したい場合は、以下の手順が最もスムーズです。

  • 章(Chapter)ごと、またはシーンごとに依頼する: 意味の区切りで分けるのがベストです。
  • 「続き」機能を使う: 一度翻訳が止まったら「前の続きから翻訳して」と伝えることで、文脈を維持したまま進められます。
  • 設定を最初に伝える: 「この小説の主人公は10代の少女で、少しぶっきらぼうな口調で訳して」といった指示を最初に出すと、クオリティが劇的に上がります。

注意点: ドイツ語は格変化や長い複合語が含まれるため、日本語に訳すと文字数が 1.5倍〜2倍近くに増える ことがあります。それを考慮して、少し余裕を持った長さで区切るのがコツです。

翻訳したい特定のテキスト(例えば冒頭の数ページなど)は既にお手元にありますか?もしよろしければ、まずは最初の数百単語を試行として翻訳してみることも可能ですが、いかがでしょうか?

bios画面が出ない

linuxをインストールするためboot順序を変えようと思い、bios画面をだそうとしてなかなか出ないということが何度かあった。

bios画面を出すには hp だと f10 だが lenovo だと f1 らしい。しかしいくら押してもそもそもマザボの bios が表示するロゴ画面がでない。これはおそらく、マザボの仕様で、外付けGPUを挿している場合には、そちらの出力にしかロゴ画面がでないのだ。

lenovo thinkstation P340 tiny は 4ポートの mini displayport しかない quadro を挿していて、こちらに繋ぎ代えたらロゴ画面が出て、bios 設定画面を出すことができた。

備忘録代わりに、bios画面を出すで検索してもなかなかこの情報が出てこないので書いておく。

PCモニタがわのせいか、ケーブルのせいか、それとも gpu のコネクタのせいかは知らないが、displayport 端子はすぐにひっかかって壊れてしまう。または抜きにくい。非常にストレスがたまる。

その点、mini displayport は、抜けやすいのかもしれないが、ストレスがたまらないのがよい。displayport はみんな mini にしてしまえばよいのに、とも思うが、将来はみな usb 接続に統一されていくのかもしれない。

仕事が減ってきたので優雅に ubuntu などいじってるが、教員として仕事をするなら、このくらい余裕があってちょうどよいのに違いない。

研究業績

私が最後に転職したのが2002年のことで、そのあと一度昇進人事があったきり自分の研究業績をまとめる必要が(業務上)なかったので、ずっとほったらかしていた。昔はずいぶん論文を書いたり記事を書いたりしていたものだと思う。今も書いているのだが、大学の本務として論文を書くことはほとんどない。それでもたまに紀要論文をかいたり国際会議のプロシーディングスを書いたりはするけど、最近はまともに研究してないので、書くとしてもたかがしれているし、最近の論文業績が無いから科研費申請しようにもたぶん通らない。そもそも私が好きな研究というのはたいてい金がかからないし、大学の仕事とか学会活動から今ではもうずっとかけ離れてしまって科研費申請しようという気が起こらない。

私だって、300万円あればすごい研究ができるのにと思えば人に言われるまでもなく科研費申請すると思うが、私の研究はただでできるとは言わないが大学からもらっているお金でほぼ賄えてしまう。わざわざ苦労して申請する理由がない。また、誰もかれも金をとってくることが目的化していて、その研究にやる価値があるかないか、どのくらい予算をつかうべきかなどということはそっちのけになっているように思える。そういうことをみんながやるからほんとにお金を使って研究をしなくてはならない人に金が回らないのではないのか。また、国立大学に研究費があまりに少ないから科研費申請するのだという話も聞くのだが、それは特別予算申請と通常予算の区別ができてないのがいけない。いろいろと制度的に破綻しているのを感じる。

それはそうと今、20年ぶりくらいに、ちゃんと研究業績をまとめようとしているのは、もうそろそろ定年退職だからその前にきちんと自分が何をやってきたかということを残しておきたいというのがある。もう一つ、近日中に実名で本を出版する予定で、この本はたぶん私のこれまでの研究人生の集大成とでもいうべきものになるから、結局私という人間は何者であったのかということを、自ら示したいという気持ちもある。

40年以上にわたる研究履歴を見るに私はやはり研究が好きな人間であった。また、ものを書くのが好きな人間だった。社会に出て会社員勤めなどはとうていつとまらない人間だったから、今のようにある程度好きに仕事をさせてもらえたのは幸運だった。

下手な文章もたくさん書いてきた。今から読むと恥ずかしい評論みたいなものまで書いた時期もあった。だがそれらも含めて私が書いた文章なので、ともかくもきちんと一覧にまとめておきたいと思う。実を言えば researchmap にも載せてない KDP で出版した小説が膨大にあるんだが、これを私の業績の一部に掲載するにはまだかなり抵抗がある。

今からみればXアプリケーションプログラミングなどという本は非常に稚拙で雑な本であった。しかしながら当時はまだアプリケーションプログラムなどという言葉すら一般的でなく、今のようにアプリなどと短く略して誰もが使うような言葉になるとは予想さえしていなかった。今ならもっとまともな本が書けるけれど当時の私にはあれが精一杯だった。

ともかく私も60才になってあとちょっとで定年なので、今までは仕事とプライベートを分けてやってきたけど、だんだんにその垣根を下げて一つにまとめていこうと思っている。

3DCG演習

私は自学科向けに「コンピュータリテラシーB」「システムデザイン」「CG応用演習A」という(実質的)演習科目を持っていたのだが、「システムデザイン」は非常勤講師の人にやってもらうことになり、その代わりに「3DCG演習」という専門共通科目を今年度から担当することになった。

この「3DCG演習」は芸術学部すべての学科の学生に専門科目として履修できるようになっている。初めて彼らの課題をチェックしているのだが、なかなか興味深い。自学科の学生とは明らかに感性が違っているし、作り込みも意外な学科が意外な凝り方をしたりしている。

Unreal Engine 5.1.1 でパッケージ化したものを提出させているので、そもそも課題提出がかなり難しい。かつ完全な遠隔授業なので、UE5.1 が使いこなせない学生を直接助けてやることができない。なので、課題提出までたどり着いた学生の作品はどれもそれなりにレベルが高い。

マテリアルやパーティクルにめちゃくちゃ凝ったり、難易度が高すぎたりしてて面白い。ゴールまでなかなかたどり着けないのは困るが。

これはあくまで私個人の意見だが、124単位のうち60単位までは遠隔授業でやることが認められているのだから、その60単位枠はうまく活用して、すでに(他大学などではある)通信教育などのノウハウを活用し、異なるキャンパス、異なる学部でも、場合によっては他大学提供科目としても履修できる科目に割り当てるようにして履修者数の制限もせず希望者は誰でも取れるようにして、その代わり大人数の課題を裁けるような採点業務のサポートなどをしてもらいたいと思う。今はコロナのドタバタで何を遠隔にし、何を面接授業にするかという基準も無く方針もない。中野キャンパスは都心にあって慢性的に教室が足りないのだから、うまくやりくりすれば、かなり劇的な効果を期待できると思うのだが。

近頃どこかのユーチューバーが、大学の教員はもっと研究に専念して、基礎的な科目はユーチューバーに任せれば良いのに、というような発言をして燃えていたけど、私もある程度まではそれに賛成だ。世の中には10年前20年前に書いた教科書をそのまま使って講義しているような人もいる。そういう人にモチベーションをもたせようといろいろ画策するより、研究しかやりたくない人には研究だけやらせて、教育がやりたくてしかたない人にはもっとどんどん教育をやらせてやれば良いだけだと思うのだが。